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大阪地方裁判所 昭和30年(ヨ)1687号 決定

申請人 利昌工業株式会社

被申請人 利昌工業労働組合

主文

一、被申請組合は申請会社役員、申請会社の代理人たる弁護士、被申請組合員以外の申請会社従業員(但し昭和三〇年七月一一日以降被申請組合を離脱した者を除く)及び申請会社と商取引関係に立つ第三者が別紙物件目録記載の申請会社営業所に出入し、又は物品を搬出入することを実力を以て妨げてはならない。但し右の禁止は言論による説得並に団結による示威に及ぶものではない。

二、被申請組合は右申請会社営業所の事務所内に立入つたり、喧騷音を放送する等の行為により申請会社の同事務所に対する占有使用を妨害してはならない。

(注、保証金十万円)

申請の趣旨

一、別紙物件目録記載の土地建物に対する被申請人の占有を解きこれを申請人の委任する執行吏の保管に移す。

二、執行吏は申請人の請求あるときは、右保管に係る物件を申請人の指名する者に使用させて営業せしめるものとする。

三、被申請人組合員は右物件に立入つてはならないし、既に立入つている者は退去しなければならない。

四、被申請人は申請人の重役、その代理人、被申請組合員以外の申請会社の従業員、顧客取引先等の第三者が右物件内に出入することを妨害してはならない。

五、執行吏は以上の趣旨の実効を期するため適当な措置を講じなければならない。

理由

当事者双方の提出した疎明資料により当裁判所の一応認める事実関係並にこれに基く判断は次のとおりである。

一、争議に至る経過

申請会社(以下会社という)は大阪市大淀区大仁東二丁目八番地の一に事実上の本社兼営業所を、尼崎市上坂部森の前七三三番地に製造工場を有し、従業員約一九〇名を使用して電気絶縁材料等の製造販売を営むものであり、被申請組合(以下組合という)は申請会社の従業員を以て組織する労働組合であつて、昭和三〇年四月一六日の結成にかかり、組合員は結成当時約一七〇名であつたが、七月二二日には第二組合(所属組合員約二〇名)が結成されたりして現在は約一二〇名である。これを営業所のみについて言えばその従業員約四〇名の中組合員は約九名である。

組合は執行副委員長、書記長等に対する解雇並に配置転換を不当労働行為としてその撤回、賃金のベースアップ等を目指して昭和三〇年五月二三日より五月二九日まで第一次ストライキを行い、解雇等の撤回要求が容れられると共に賃金の一三パーセントのベースアップを獲得した。しかしその増額分の配分の件は労使双方が協議決定することとして将来に持ち越されていたところ、その後組合からは更に右増額基準賃金の二・五ケ月分の夏期手当支給等の要求が出され、これ等の問題につき六月七日より数次に亘る団体交渉が行われたが解決に至らなかつた。そこで組合は七月一三日より同月一六日まで連日工場において時限ストライキ、部分ストライキを繰返した上、七月一六日には以上の件につき兵庫地労委に斡旋を申請した。これに対し、会社は七月一三日、組合がストに突入するや、希望退職者を募る、希望者がないときは、指名解雇する云云の人員整理の掲示を出し、同月一八日には人員整理の件を加えて斡旋を申請すると共にその後の団交においても、組合が人員整理に応じない以上他の問題の解決にも応じ得ないとの態度を固持するに至つた。組合は、会社がかかる人員整理の問題を事前に団交の場で協議することなしに突如として発表し、しかも争議の続発による経営不振をその理由としていることに憤激し、かかる会社の態度は従来の懸案事項の解決の遷延策に外ならないとして、人員整理反対、ベースアップ配分の早期実施並に二・五ケ月分夏期手当支給、等の要求貫徹のため、工場については七年二七日正午より、営業所については八月二日午前九時より本件無期限ストライキに入つているものである。

二、営業所における争議行為の状況

前記の如く組合は八月二日営業所においてもストライキに入ると共に工場勤務の組合員より随時応援隊を繰り出し、総評及び傘下組合員等の支援を得て会社の所有占有する営業所の出入口の正門大戸はこれを閉ぢてかんぬきを掛け、(八月四日以後にはかんぬきを繩で縛り開門できないようにした)又正門大戸の横に在る幅約三尺位の通用門は開かれているが、正門の内外にピケラインが張られていて、入場者の次第によつては会社構内に待機中のピケ隊を要所に随時集中強化する態勢を整えている。その争議行為の状況は左の通りである。

1、正門の出入について、

(イ)  八月二日には被申請組合員を除く営業所従業員(但し工場ストのため会社の命で工場より営業所に派遣せられた者を含む)が午前九時頃、一一時頃の二回に亘り、何れも執務のため入場方交渉したが、ピケ隊に阻止せられ、その後谷本組のトラックを通すためピケ隊が正門大戸を開き同トラックが大門の途中で停車した機を捉えてピケラインの強行突破入場をはかつたが、幾重ものスクラムによつて阻止され一部入場した者もピケ隊のため追い出された。午後三時頃ようやく会社幹部六名のみ入場を許され、うち二名は宿直した。

(ロ)  八月三日には同様営業所従業員が会社役員と共に正門前に集合し、取締役工場長の利倉洋晄からもピケ隊に入場方交渉したが容易に入場できなかつた。交渉中九時三〇分頃隙に乗じ入場中の会社幹部が内より正門を開き会社幹部、第二組合員、非組合員がなだれ込んだところ、ピケ隊は直ちに事務所入口並に食堂附近にピケラインを張つて入室を阻み、随所に押し合い、もみ合いが起き、ためにようやくにして会社幹部、第二組合員、非組合員は入室できた。やがて幹部三名その他一二名を残し他は引揚げたが、この一五名の殆んどが八月二八日までいわゆる籠城を続けていた。

(ハ)  八月四日午前九時三〇分頃会社役員、幹部、その他の従業員がピケ隊に入場方を交渉したが、阻止せられ、正門附近においてもみ合つたが、結局入場不可能であつた。

(ニ)  八月五日午前九時三〇分頃にも第二組合員非組合員がピケ隊により就労のための入場を阻止された。

このように強固なピケラインはその後も引続き張られており組合は籠城者の入浴食事その他已むを得ない用務のための出入、団体交渉のための会社役員幹部の出入の外は、第二組合員、非組合員は勿論会社の役員幹部の出入と雖も、そのピケラインにおいて阻止される状況にあつて、これを押して敢てピケラインを通過せんとするときはピケ隊との間に乱闘騷ぎが起ることも懸念されたので、会社側としても八月五日以后は極力ピケ隊との摩擦を避けることに努めた。又前記籠城組は会社が八月二八日工場の閉鎖を断行したのに対抗して組合側の妨害行為が益々尖鋭化して来ることをおそれ、同日午前九時過退出するに至つた。ところで会社が工場閉鎖を断行しているだけに、若し会社が非組合員等の手によつて営業所の業務運営の強行をはかるにおいては、組合は忽ち機動的にピケラインを強化して会社の役員その他の従業員並に顧客の自由なる出入を阻止する危険性は多分に現存すると思われるし、更に倉庫の製品の搬出についても、組合により妨害阻止されるおそれのあることは容易に予想される。

2  事務所の占有使用について

組合は左記方法で会社の営業所事務所の占有使用を妨害しているのであつて、もし会社が営業所における業務を続行するにおいては、工場閉鎖により組合側を刺戟している折柄だけに、かかる方法による事務所の占有使用の妨害の繰返される危険性は多分に現存するといわなければならない。即ち

(イ)  組合は拡声器のスピーカーを事務所入口の天窓の敷居に設置し、正門附近のマイクより労働歌、笛その他不調和音等を連続放送している。この騷音放送は八月三日、五日、六日、及び一六日以後二一日までに亘つて何回となく繰返され、これが始まると事務所内は喧噪その極に達し、籠城組の者は皆耳に紙や布をつめて辛棒している状況であり、通話することもできない有様である。

(ロ)  八月八日には組合より籠城中の会社幹部に対し事務所電話の使用制限を申入れ、翌九日より組合側は電話係数名を経理部長席、販売第一課長席、等に配置して九本の電話を監視させている。九日には外部からの電話は取次ぐが、内部からの電話は架けさせないと通信を制限し、会社側の者が必要に迫られ電話係に懇願して架電する際には電話係に対組し手方、用件を告げその了解がなければならず、外部よりの電話は先づ電話係が受話器をとり、その用件を聞いた上で取次ぐ仕末であつた。殊に八月一一日、一八日から二一日の間及び二八日朝は電話全部が組合の管理下に置かれて全面的に架電、取次が拒否され、会社側は電話による外部との連絡を遮断されたため営業所の機能は殆んど完全に麻痺状態に陥つた。

三、争議行為の正当か否かの判断

使用者たる会社が組合のストライキ中と雖も、組合の統制外にある従来の従業員を使用してその営業所において業務を続行することは、たといそれがいかに組合を刺戟しても、会社側の著しい協約違反若くは信義則に反する行為と認められない限り権利の行使として許されなければならない。しかし又組合においても、これに対し、ピケツテイングにより、スト中の会社の操業に関与し来る者に対し、会社営業所への出入並に物品の搬出入につき言論による説得乃至団結による示威の方法によつて心理的影響を加えながら、しかもその自由意思によつて出入を決し得る余地を残す程度に働きかけ、これによつて会社の業務運営に打撃を加えることも、何等違法ではない。しかしながら、いかなるピケツテイングと雖も、かかるスト中の会社の操業関与者の出入就業を完全に阻害することは許されないのであつて、叙上の程度を超える行為は違法といわざるを得ない。これを本件について言えば組合が正門を閉してかんぬきを繩で縛りつけて開かないようにし、組合が正門内外のピケラインにおいてスクラムを組み或は幾重にも人垣を作り強いて入場せんとしてピケラインに接近する会社役員、幹部、非組合員、第二組合員に対し事実上通行を阻止することは、すでに叙上のピケツテイングの適法な限界を超えた許されない行為といわなければならない。

更に会社側の者がピケラインを通過して会社事務所において会社の指揮の下に会社の業務に従事しているに拘らず、組合側が事務所内部に拡声器のスピーカを設けて内部で執務中の者に騷音を連続放送したり、又電話係をおいて会社の占有する電話につき通話の管理、制限を行い、以て会社幹部、非組合員、第二組合員による執務を不能に陥らしめるが如きことは、組合の言論による説得ないし団結による示威の範囲を遥かに逸脱するものであつて、かかる行為は組合のスト中にあつても会社に許容されるべき所有権ないし占有権の機能としての企業活動を違法に妨害するものであつて、到底これを許すことはできない。

四、仮処分の必要性及びその程度

1、前述のような越軌行為が現存し、将来も繰返されるおそれの多分に存する本件においては、会社としては、本件建物の所有権ないし占有権に基いて組合のかかる違法な妨害行為を排除できると共に、かかる違法な妨害行為の繰返される危険性を緊急に排除する必要性の存することも、明かである。

2、昭和三〇年七月一一日以後に組合を脱退した者の出入妨害禁止について

七月一一日及び一二日には会社が組合の幹部を除いた全従業員に対し矢継早に葉書(乙九号証の一乃至三)を発送して組合指導者を誹謗し、組合指導者につくことは失業を意味するものの如く示唆して組合員の人心動揺並に組合員と組合幹部との離間を策し組合を内部から分裂させてその弱体化をねらうが如き行動に出ると共に会社は翌七月一三日には前述の如く突如希望退職者を募る、希望者がないときは指名解雇する旨の人員整理案を公表し、会社がかかる途を選ぶのは争議の続発による経営不振に基くことを全従業員に訴えるに至つた。その後組合を脱退する者が相当の数に達し、七月二二日には前述の如く第二組合の結成発足をみることとなつた。これら一連の事実から洞察するときは、少くとも七月一一日以降組合を脱退した者については、失業の脅威を以て組合の切崩しをねらつた会社の行為に影響されて組合脱退を決したのではなかろうかとの疑念を払拭することができない。従つて、かかる疑念を持たれるような環境の下に組合を脱退した者につき、これを会社がスト中の操業に関与させるため組合側の出入妨害の排除を求める部分については、これを許容するときは、結局において会社のかかる不当な行為を助長することになるおそれがあるから、仮処分による保護の必要性がないものと認めるのが相当である。

3  構内敷地及び建物の執行吏保管について、

会社の構内敷地及び建物について、前記籠城組の退出した八月二八日以後においてもその占有が完全に組合側に移行しているとみるよりは、委ろ組合はそのピケラインの延長として正門附近の構内敷地の一部だけを会社の占有と競合して占拠しているものと考えるのが相当であるばかりでなく、この部分について組合側の占有を排除して執行吏保管とすることは、組合のピケの一拠点を失わしめるに等しい結果を招来する地理的状況にあるだけに、一層慎重に考慮しなければならないのであつて、組合において会社建物を破壊する意図を有するともみられない争議の現段階では、組合の占有を排除して執行吏保管とする必要性を認めない。

五、結論

以上の次第であるから会社の申請を主文表示の限度で許容し、会社に保証として金一〇万円を供託させた上主文のとおり決定する。

(裁判官 坂速雄 木下忠良 中島一郎)

(別紙省略)

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